海外発生活文化旅行情報: フランス

2008年08月11日

フランスの休暇、アヴィニヨン旅行記

先週の水曜日から今週の木曜日まで1週間、休暇でフランスへ行っていました。
いいお天気に恵まれて、楽しい休暇でした。
考えてみれば、ジョン・クロードと一緒に休暇でフランスに行くのは5年ぶりです。
3年前に日本から帰ってきた私をジョン・クロードがパリでピックアップしてくれて、モナコを通過しながら帰ってきたことはありますが、本格的に車で休暇に向かうのは久しぶり。
家を出発したときから嬉しくて、車の中で音楽を聴きながら心が飛んでいました。
ジョン・クロードも7月に更新しなければ行けないPCの仕事があり、4月から通常の倍の仕事をしていましたので、今回の休暇は大変楽しみにしていたようです。

滞在先はアヴィニヨンとサン・トロッペ。どうしてこの場所にしたかというと、ジョン・クロードの仕事仲間である、イスラエル女性と結婚して今イスラエルに住んでいるフランス人の友達が、この辺りに知り合いがいるので行く予定だというので、それでは私たちもそちら方面に向かい、一緒に食事をしたり話をしようではないか、となったからです。
7月に行くことになったのも、彼の奥さんが学校に勤めているから、という彼らの都合に合わせたものです。

我が家から最初の滞在先であるアヴィニヨンへは車で7〜8時間程。
アヴィニヨンとサン・トロッペのホテルは早くから予約を済ませていましたので、後は足の向くまま気の向くまま行こうという旅。
急いでいく必要もないので、途中どこかで1泊して、次の日にアヴィニヨンに入ろうとなりました。
友達がモナコに海中水族館があるそうだ、と教えてくれましたので、ではそれを見るためにモナコに1泊しよう、と話しながら旅が始まりました。

途中、チンクエテッレで休憩するはずが、道が混んでいて変更となり、隣の港町で休憩したのですが、休憩したレストランで早々にインチキされそうになりました。
観光地で食事などをするとき、ジョン・クロードはオーダーしたものの合計を頭の中でざっと計算しています。そして勘定書をもらったら計算したものとだいたい合っているかどうか見るのです。
今回は約27ユーロだろうと思ったものが37ユーロと請求されていて、よく見てみると食べていないものが書かれていました。
ウエイターに伝えると、コンピューターがおかしい、なんていいわけをしていましたが、イタリアの観光地ではこういったインチキが頻繁に行われていますので、皆様もお気をつけください。

さて、我が家を出発してから5時間ほどでモナコに到着しました。
モナコは岩の絶壁に立っている町で、町の中心地までくねくねした細い道が続いています。
まさか対向車は来ないよね、なんて思っている道に対向車が向かって来るのですから、驚きます。
とにかく、そんな細い道を降りて町の中心地へ入り、先ずはホテルを探そうと駐車場に車を入れましたが、ホテルがなかなか見つからず(一度モナコに宿泊しているのですが、それがどこだったのか分からず)そしてとにかく旅行者が多い。私たちがモナコに来るのはもう5回目で、最初に来たときは、港に停泊している個人所有の大きな豪華ヨットに口をポカンと開けて見入ったり、カジノで遊んだりもしましたが、5回目となるともうそう言うものに興味がわかず、何となく二
人とも気が弾みません。

それじゃあ、こんな所にウロウロしていても時間の無駄。
次の通り道であるニースに行こう、となりました。
ブラピとアンジェリーナ・ジョリ(!)がいるニースだ、と冗談を言いながら 高速に乗りました。
ニースも大きな町で、高速からの入り口がいくつもあるのです。
モナコから向かった私たちが最初に目にしたのは北入口で、そこへ入っていきました。
それが間違いだったことには直ぐ気づきました。
その当たりは移民達の住む高速アパートが林立する場所で、高速から降りた途端に車の渋滞に入り込み、その渋滞に乱暴な運転で入り込む住民たち。
町の中心地までこの状態で行くのかと思うとうんざりし、ニースは一度来ているからいいや、ということで即Uターンをし、再度、高速に乗って出てしまいました。

さぁ、どこへ行こうかと地図を広げるのも楽しい。
「次はどんな町がある?」「あっ、ジョワ・デ・パンがあるよ!」

ジョワ・デ・パンという町は私たちが20年ほど前に始めて休暇で行った海辺の町です。
私とジョン・クロードがスイスに住み始めた頃で、チューリッヒから夜行列車で向かったところです。
早朝にジョワ・デ・パンに着いて、寝ぼけ眼で慌てて降りたことを覚えています。

しかし、二人が覚えているのはそれだけで、駅から町までどうやって行ったのか、どんなホテルに泊まったのか、海には行ったのか、町はどんな風だったか、全く覚えていないのです。
覚えているのはその町にあった「カクテルバー」だけ。
その「カクテルバー」のお店の半分はオープンになっていて、カラフルで楽しいトロピカルな内装、カクテルも可愛く、ウエイターのお兄さんがとても楽しい人だったので、滞在中は何度も通いました。
「懐かしい!」「よーし、今日はそこで1泊だ!」旅行の初日からワクワクしてきました。

詳しく書いていくと長い日記になりますので、残念ながら短くはしょって書きますが、ジョワ・デ・パンは大きくもなく小さくもなく地中海の町らしく、素敵なところでした。
20年前のことは覚えていませんので、どんな風に変わったのか分かりませんが、嬉しかったのは20年前に行ったカクテルバーを見つけたことです。
そこは今でも満員で大繁盛していました。
夕方は砂浜の上にセッティングされたレストランで潮風を受けながらの食事。あ〜あ、休暇です!

次の日はアヴィニヨンに到着しましたが、この町で有名なのがアヴィニヨンの橋と、その昔法王が住んでいた今ローマにあるバチカンのような法王の町。
アヴィニヨンの橋は車の中から見ましたが、ローヌ川の真ん中当たりで切れていて、旅行者はそこまで行って戻ってくるだけです。
私たちはあまり興味がなく、アヴィニヨンから更に6kmほど行ったところにあるヴィルヌーブ・レザヴィニオンという小さな町に予約をしていた素敵なホテルで4泊ゆっくりすることに決めました。

このホテルは昔、法王がアヴィニヨンに住んでいたときに、司教達を泊めたお屋敷だそうで、今はベスト・ウエスティン継続のホテルになっています。
17,8世紀の作り、ホテル客専用のプール、大きな糸杉やプラタナスの木の陰が涼しげな庭での食事。
何にもしないで、プールで泳ぎ、本を読み、午後からはツール・デ・フランスを観て、夕方気が向けば、ぶら、ぶら、と歩いてヴィルヌーブ・レザヴィニオンの町まで散策に出かける。あ〜あ、これが休暇です!

アヴィニヨンの町へ行くつもりはなかったのですが、サイトで見つけたオーガニックのレストランが町の中にありました。
知らなかったのですが、たまたまこの週を挟んで毎年開かれる3週間の「シアター・フェスティバル」が行われていて、町の中は世界中から集まった人たちでごった返していました。
誰でもこの週は自分のショー(ジャズ、寸劇、ダンス、コミック等々)が開けるということで、何百というポスターが町中にあふれていて、ちょっと汚い感じでした。
小さな道が入り組み、小さなお店が沢山肩を寄せ合っている町でした。

アヴィニヨンにはその日以外は足を踏み入れず、その代わり、郊外にある葡萄畑へ出かけていきました。プロヴァンスです。やはりフランスは大きい。どこまで行っても葡萄畑で、回りはワイナリーで一杯です。

シャトーヌフ・デ・パプという小さな町の小高い丘に登ると、遠くにローヌ川が見え、その回りは葡萄畑で埋まっていました。
どこまで走っても蝉の音が激しく聞こえ、空はどこまでも蒼く、太陽は暑く日陰は涼しく、これ以上望む事はありません。

ワインどころでワインの試飲をしないことは難しく、ジョン・クロードもいくつか試飲をし、フランスで一番美味しいといわれるローゼワイン、2年前に世界でナンバーワンという星をもらった赤ワイン、そしてデザートワインのムスカットをお土産に買いました。町を出る前に食べたアイスクリームの美味しかったこと。

人混みの多いアヴィニヨンよりも、旅行者の少ない小さなシャトーヌフ・デ・パプのような町が私は好きです。
次回は、地中海の代表的な町サン・トロペでの休暇をご紹介します。

写真つき
http://www.deeshan.com/guide/diary.htm

posted by りさーち東京 at 19:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | フランス
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